【22時30分のデッドライン】毎日続ける日記を、昨夜だけは「あきらめた」理由

毎日のルーティン、一日の終わりの儀式

私は、自分自身の振り返りと心の整理のために、**「毎日日記を書くこと」**を欠かさない日課にしています。どれほど疲れていても、ほんの数行でもいいからペンを執り、その日を締めくくる。それが私にとっての日常の規律であり、明日へ向かうための大切な儀式です。

しかし、昨日ばかりは、その習慣を「あきらめる」という選択をせざるを得ませんでした。そこには、21時に帰宅してから就寝までの、私なりの切実な「現場での戦い」があったからです。

21:00から始まる、もうひとつの「任務」

最近の私は、朝4:30起きをベースにした生活を送っています。パフォーマンスを維持するためには、どうしても22:30には就寝したい。しかし、21時に帰宅してからその「デッドライン」までの90分間には、私に課せられた大切な役割があります。

わが家には、明確な言葉にしたわけではありませんが、「家族全員分の食器を洗い、洗濯物を畳む」という暗黙の夫婦のルールがあります。これは私の担当です。

帰宅して食事を済ませ、一息つく間もなくシンクに向かい、山積みの洗濯物と対峙する。家族が明日を気持ちよく迎えるためのこの工程を完遂させると、時計の針は無情にも22時30分を指そうとしていました。毎日続けてきた日記ですが、昨夜は心身の限界を優先し、断腸の思いでペンを置いたのです。

22時29分の、滑り込みの記録

そして今日。 やはり家事を終えると、時間はあっという間に過ぎていきました。ふと時計を見ると22:29

    「明日はしんどいかも。今日のところはこのへんで……。」

手書きの日記にそう書き残したのは、まさに就寝1分前の攻防でした。 昨夜はあきらめてしまったけれど、今日はなんとか「継続」のバトンを繋げた。理想のスケジュール通りにいかないもどかしさはありますが、家族のための役割を果たし、こうして1分前でも記録を残せた自分に、ひとまず「お疲れ様」と言いたいと思います。

さいごに

仕事が長引けば、大切にしているルーティンは簡単に崩れそうになります。 しかし、完璧主義になって自分を追い込むよりも、今の状況でできる最善(家事を終え、1分でも記録し、早く寝る!)を判断すること。それが、毎日という積み重ねを途絶えさせない、本当の意味での「継続」なのかもしれません。

明日の朝、4時30分にスッキリと起きられることを願って。 今夜はこれにて、おやすみなさい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました