「軍手を汚したくない」という本音が、私の安全意識を奪いかけた話

1月7日、水曜日。 今日は設備の復旧に向けた、クレーンのブレーキ開放作業にあたっていた。 現場は暗く、視界は決して良くない。足場や周囲の状況が不安定な場所もあり、作業開始時は細心の注意を払って動いていた。

しかし、4台あるクレーンのうち、最後の1台に取りかかる頃だった。 心の中に「慣れ」という名の油断が忍び込んできた。 「もう大丈夫だろう」という根拠のない過信が、私の動きを無意識に軽率なものへと変えていったのだ。

作業を終え、休憩に入った瞬間、ふと自分の行動を振り返ってゾッとした。 「あ、さっきクレーンを降りる時、手摺を掴んでいなかった……」

工場には「昇降時は必ず手摺を掴む」というルールがある。 だが、現場のリアルな本音を言えば、手摺はどこもかしこもホコリや油で汚れている。 掴めば軍手は真っ黒になり、作業服も汚れる。 無意識のうちに「服を汚したくない」という小さな心理が、安全ルールを後回しにさせていた。

もしあの時、暗闇の中で躓いていたら? そのままランウェイから転落し、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。 汚れた服は洗えば済むが、失った命や、残された家族の日常は二度と戻らない。

現場における「慣れ」の本当の恐ろしさは、こうした「日常の小さな不快感」を避けようとする心理と結びついた時に、音もなく牙を剥くのだと痛感した。

明日からは、どんなに手摺が汚れていようと、その汚れを「自分と家族を守るための証」だと思って、しっかりと握りしめて昇降しようと思う。

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