休日、AIと格闘して気づいた。「PC画面を睨む若手」への不満と、成果の“見せ方”

休日は愛犬のゴン太と散歩をしたり、読書をしたりと、現場の騒音から離れてリフレッシュする大切な時間です。

最近はそこに「AIとの対話」や「ブログのアイキャッチ画像作成」も加わりました。

AIでの画像生成は、指示通りにならなくて格闘しているとあっという間に時間が溶けてしまいます。でも、この「正解のない作業」が意外と楽しい。

そんなふうに自宅でPC画面と向き合っているとき、ふと会社の現場にいる「ある担当者」の顔が頭をよぎりました。

会社のPC担当への「おもしろくない」感情

私の勤める工場の電気保全には、「プロコン担当」と呼ばれるパソコンやネットワークトラブルに対応する専任者が3名います。

そのうちのベテラン2名は、PCトラブルがない空き時間には現場に出て、我々と同様に電気保全の作業を行っています。彼らは「現場の泥臭さ」も知っている仲間です。

しかし、入社4〜5年目の若手担当者だけは違います。

彼はいつもデスクでネットを見ながら、何かを勉強しているような、していないような……。

正直、私の目には**「会社で給料をもらいながら、本当に貢献しているのか?」**と疑問に映ってしまうのです。

他のベテランが現場で汗をかいている中、彼だけが涼しい顔でモニターを眺めている。

私の直属の部下ではないので直接指導はしませんが、現場の人間として、正直「おもしろくない」という感情が腹の底にありました。

「見えない仕事」と「サボり」の境界線

今日、自宅でAI画像生成に悪戦苦闘していたときのことです。

私が眉間にしわを寄せてモニターを睨み、何度もプロンプト(指示文)を打ち直している姿を、もし何も知らない人が横から見たらどう思うでしょうか?

「一日中パソコンで遊んでいる」

きっとそう見えるはずです。でも私の頭の中はフル回転で、AIという未知の道具を使いこなそうと必死でした。

そこでハッとしました。

「あいつ(会社の若手)も、もしかしたら何かと戦っているのか?」

現場の保全マンにとっての仕事は「体を動かし、機械を直すこと」が基本です。成果が目に見えます。

一方で、デジタルの仕事は「思考のプロセス」が画面の中にしかなく、側から見るとネットサーフィンと区別がつきません。

もしかしたら彼は、工場の将来に必要な新しい技術情報を収集しているのかもしれません。あるいは、本当にただネットで遊んでいるだけかもしれません。

問題なのは、**「何をしているかが、周囲(現場)に全く伝わっていないこと」**なのだと気づきました。

成果の「見える化」がないと、信頼は生まれない

トヨタ思考の基本は「見える化」です。

異常が見える、在庫が見える、そして**「働きが見える」**こと。

彼に対する私のモヤモヤの正体は、彼がPC作業をしていること自体ではなく、**「その作業が現場にどう貢献するのかが見えていないこと」**にありました。

ベテランの2人は「電気保全」という共通言語(作業)で信頼を稼いでいますが、その若手にはそれがない。

これは彼だけの責任ではなく、デジタル業務の成果を定義できていない組織の課題でもあります。

でも同時に、やはり現場としては思います。

「現場を知らないままPCの中だけで仕事を完結させるなよ」と。

AI画像生成ですら、思い通りの絵を出すには何度も試行錯誤が必要です。

彼がもし本当に会社のために勉強しているのなら、その「試行錯誤」のアウトプットを現場に見せてほしい。そうでなければ、現場の信頼は永遠に得られないでしょう。

まとめ・次への一手

PCの前で固まっている彼を見たとき、今までは単に「不真面目だ」とイラついていました。

しかし、明からは少し見方を変えてみようと思います。

感情的に否定しない:デジタル作業特有の「見えにくさ」があることを理解する。

問いかけてみる:「今、どんなトラブルの傾向を調べてるの?」と、興味を持って聞いてみる(監視ではなく)。

もしそれで、答えに詰まるようなら……その時は、保全リーダーとしてではなく、一人の先輩として「現場の流儀」を少し厳しく伝えてやるつもりです。

「見えない努力」は美しいですが、「見えない仕事」は現場では通用しませんから。

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